| 竹富島東部宿泊施設計画について |
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■計画の経緯 |
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星野リゾートと竹富島の関わりは、2005年夏に代表の星野佳路が内閣府主催の委員会の委員として竹富島を訪れた際、竹富島NPO法人たきどぅんの理事長である上勢頭保氏と出会ったことが始まりです。その後、竹富町の方々に軽井沢に視察研修でいらしていただくなど交流が始まりました。また、専務取締役星野究道の趣味であるダイビングがきっかけで、竹富島NPO法人たきどぅんの会員になり情報交換をする付き合いが始まりました。2007年春、上勢頭保氏から将来についての相談を受けました。
竹富島出身の上勢頭保氏は、「竹富島を宝の島にする」という理念を持ち、長い年月をかけて島の保全と発展に努力してきました。特に1970年代に竹富島の土地が数社の開発会社に買い占められた際に、それらの土地を買い戻した経緯があります。その後、1986年3月28日竹富島歴史的景観形成地区保存条例が施行され、1994年3月竹富島景観形成マニュアルが指導指針として位置づけられるに至り、竹富島の景観を保全するためのルールが整備され現在に至っています。これらのルールが未整備の時期に土地を買い戻したことは、今日の竹富島の景観保全に大きな貢献であったと言えます。
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| | ■竹富島の課題
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| | 上勢頭氏が星野に相談をしたきっかけは、2007年春、買い戻した土地に設定されていた抵当権の抵当権者が地元の銀行から債権回収会社系列のファンドに何の連絡もなく代わり、土地が競売される可能性が生じたことです。しかしこれは単なるきっかけであり、竹富島の問題の本質は、そもそも1970年代に土地を売却せざるを得なかった事情があったことにさかのぼると考えています。
過去に土地を売却した島民も先祖から受け継いだ土地を売りたくて売ったのではなかったと推測できます。その土地は主に農地であったのですが、戦後流通網の整備等が進んだことで竹富島の農業は衰退し、その土地から得られる収入が減少、さらに追い打ちをかけるかのように大型台風の襲来と大干ばつにより、その後生産できなくなった土地をやむなく売却するケースがあったと考えています。この土地は、元々集落内で暮らす人々の生活を支える生産の場でしたが、そこでの活動の多くがなくなったことは、その後の人口減少の一要因になったと考えられます。
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島民の文化は、景観とともに島の貴重な資産であり、それを支えるためにはある程度の人口規模が必要です。このことは以前から議論されてきた経緯があり、1994年に指導指針として作成された竹富島景観形成マニュアルの中では『竹富島の最大の行事である種子取祭の祭事維持人口の最低人数に現在で60名不足しています。また、島民の定住に不可欠とされる小中学校の複式学級の解消には、最低でも試算で500人以上の人口が必要である』と指摘されています。2007年9月時点での島民人口は355人、その中で20歳から60歳までの生産人口は174人、小中学校の生徒数は32名になっております。竹富島の持続可能な保全という課題においては、土地の保全、景観の維持とともに、適正規模の経済活動の構築と生産人口の維持が不可欠な課題であると言えます。
「次の世代に竹富島の文化を維持するため、竹富島憲章を共有するだけではなく、守ることができる仕組みに変えていきたい」というのが上勢頭保氏の意志であり、そのための方法を一緒に考えてきました。
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| | ■課題への対応 |
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星野リゾートが上勢頭保氏に提案し、竹富島の多くの方々にも賛同いただいた仕組みの骨子は以下の3つからなるものです。
(1) 売却される土地の受け皿として竹富土地保有機構を設立する、
(2) 経済基盤として相応しい事業を行う者には、竹富土地保有機構から土地を賃貸するが、土地に対する抵当権の設定などは一切行えない仕組みとする、
(3) 竹富土地保有機構の借入金を完済した後に、これを財団法人化し、後世に土地を保全するための無借金の法人として残す、
前述いたしました通り、抵当権の問題もあり、2007年秋に竹富土地保有機構を緊急に設立、ここに星野リゾートから必要な資金を投入し、すでに抵当権を抹消する手続きを完了しています。
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| | ■宿泊施設計画の概要 |
| | 星野リゾートは、100年を超えるリゾート経営の経験を活かし、竹富島において宿泊施設を経営することを通して、島の持続可能な経済基盤の整備に貢献したいと考えています。日本各地で常にテーマとしている「地域の資源を活かす観光のあり方」を本計画にも充分に反映させています。
(1)計画敷地について
計画敷地は島の南東部に位置し、竹富の生産活動を担う生産景観形成ゾーンに指定されています。ここは戦前まで農地が広がり、生活の営みがあった場所であり、今でも石垣など畑の痕跡が残っています。竹富島の景観形成マニュアルにおいては、生産景観形成ゾーンについて以下のように記述されています。
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生産景観形成ゾーン(竹富島景観形成マニュアル1994.3)
生産景観形成ゾーンは、歴史的に、御嶽の森を除き、視界の開けた農地が広がっていたゾーンである。現在集落の四方を覆うギンネムの林がある限りは、集落からの視界を避けて様々な施設をつくることは可能である。本マニュアルでは、このギンネム林の存在を、将来の島の景観の前提とは考えない。当地区内(とくに生産景観形成ゾーン)では、今後、農地や牧場あるいはリゾート開発などによる整備が進み、集落域から防風林にいたる眺望が開けてくると考え、そうなった後の景観を前提として景観形成基準を設定する。
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このように、計画敷地は原生林や国立公園特別保護区ではありません。なおかつ国が指定した伝統的建造物群保存地区でもありません。
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同心円構造図
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| | (2)計画敷地の自然と基本方針
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星野リゾートは植栽の専門家を島に派遣し、敷地の植栽の状況や歴史的な背景の調査に基づいて計画を進めています。計画敷地は、昔は開けた農地であったのですが、その後放置され、ギンネムに占有された藪になっていました。過去に繁殖力の強いギンネムは煮炊きのために人工的に持ち込まれましたが、農業の衰退とともに島を覆い、今は白蟻の巣にもなっていることから島の方針とともに将来はなくしていきたいと考えています。2007年8月に計画敷地において薮の伐採を行いましたが、基本方針はギンネムを伐採する一方で、ガジュマル、テリハボクなど極相を形成する緑陰樹を残すと共に、オオバギなどの先駆植物であっても景観を形成する大きな樹木はそのまま残しています。また、以前は畑だったということを示すシークワーサーの木等稀少な樹木も残しました。
今後の計画の中では、竹富島の生活と密着してきたフクギを植栽すると共に、ガジュマル、テリハボクなどの木陰をつくる樹木を生かし増やしていきます。また、竹富町の蝶であるツマベニチョウの食草となるギョボクを施設との緩衝帯林に植えるなど、周辺環境との共生を目指していく予定です。
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| | (3)建物の計画
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竹富島に相応しい宿泊施設のあり方として、星野リゾートは竹富島景観形成マニュアルの内容に従いながら集落型の施設群を計画しています。レセプション、客室、レストラン、ライブラリー、プールという滞在型宿泊施設の基本要素を備えたシンプルな構成の建物は全て平屋とし、ゴルフ場等の施設は付帯しません。客室数は既存集落の規模に合わせて50室程度とし、集落のスケール感を維持しながらも、レベルの高いサービスを提供できる範囲に限定しています。お客様には竹富島内でその文化を感じながらゆっくり滞在していただくためのサービスを充実させていきます。高単価の顧客をターゲットとし、既存の宿泊施設と異なる市場を開拓していきます。
中世の時代、竹富島の集落は碁盤の目上の直線的な区画ではなく、集落の地形の変化にそって有機的な曲線、自然発生的に家屋を連続させるように形成させてきました。間に道を介さずに屋敷地を連続させるグスク型や街路によって区画された井然型の街路構成を計画のパブリックスペースに取り入れています。昭和40年代ごろまで畑だった場所にある石積みのあぜ「アジラ」なども風景の一部として保全利用していきます。客室全てを平屋一棟建てとし、外観は竹富島の家屋の要素を踏襲し、部屋の内部は一流の宿泊施設としての機能を整備します。 |
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集落全体図
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(4)既存の集落との関係
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リゾートは原則として泊食分離の料金体系(食事と宿泊の料金を分離する料金体系)とし、滞在するお客様は島内にある既存の集落を含め島全体のサービスを利用できるようにする計画です。星のや軽井沢でも泊食分離の料金体系を採用しておりますが、宿泊施設内で夕食を食べる顧客の割合は宿泊者の半分、残りの顧客は軽井沢町内のレストランを利用しており、その結果連泊が増え滞在日数の増加につながっています。
既存の住民の方々との調整が必要ですが、リゾート内の仕事に従事するスタッフは、できる限り竹富島内での居住が望ましいと考えています。人口規模を増加させる効果があるだけでなく、既存集落の中の空家になっている家屋の再利用を促進することで保存が促進される効果もあると考えています。
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| | ■エコツーリズムの可能性の調査 |
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星野リゾートは関連会社である「picchioピッキオ」を通してエコツーリズム事業を展開しています。ピッキオでは竹富島周辺の自然環境の調査を開始する予定にしており、今後竹富島内での新しい観光のあり方を模索していくことを計画中です。これについては計画されている宿泊施設宿泊者を対象とするだけではなく、竹富島全体の合意を得ながら島にとって新しい観光の形態として定着させていくことを目指します。 |
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ピッキオ
1993年に発足したピッキオ(picchio=イタリア語でキツツキの意味)は長野県軽井沢町を中心に自然の不思議を解き明かすエコツアーを主催するとともに地域の自然を保全する活動にも取り組み、独自のエコツーリズムを展開しています。(保護管理事業、環境教育事業、エコツアー事業、調査研究の4つの事業を展開しています。)
軽井沢では人とツキノワグマの共存と目指した調査、外来種対策(アライグマ、ミンク)を行っています。
2005年5月 第1回エコツーリズム大賞、大賞受賞
2006年2月 第4回オーライ!ニッポン大賞受賞
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| | ■エネルギーフリーな島を目指した環境プロジェクト |
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星野リゾートは長野県軽井沢町で長い期間に渡り環境との共生を重要なテーマに様々な環境対策を実現してきました。星のや軽井沢(77室)では、敷地内にある自然エネルギーを最大限活用することで、消費エネルギーの75%を自給しています。大正時代に始めた自家水力発電は3機に拡張し、2005年からは地熱利用の全館暖房システムを導入し、高いエネルギー自給率を達成しています。星野リゾートが重視するEIMY(Energy In My Yard)(エイミー)という発想には、敷地内にある様々な自然エネルギーを可能な限りバランスよく利用する、または利用することを目指していくという意味があります。 |
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星のや軽井沢
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EIMY(Energy In My Yard)(エイミー)
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竹富島は、小さな隆起性珊瑚礁の島であり、エネルギー資源に乏しいながらも、もともとは自給自足の島であったと聞いています。その当時と現代の生活は変化していますので、当時の形式に戻すことはできませんが、星野リゾートは竹富島でもEIMYというテーマに挑戦したいと考えています。
竹富島で有望なエネルギー源は太陽エネルギーとバイオマスであると考えています。太陽エネルギーは、空気を暖め気流をよび、雨を降らせ、海洋においては波浪や海水の対流を起こしています。地表付近の大地にもその熱エネルギーを蓄積しており、発電に限らず、さまざまな用途があると考えられます。
農耕作業が減少した今日では、生産ゾーンの敷地は外来植物に覆われた薮になっていますが、これをバイオマスエネルギーとして活用し、新たな循環の形で復元する試みも研究していく予定です。
今回の計画の中では、これらの研究や模索を通して宿泊棟の1棟をエネルギーフリーにすることに挑戦する予定でおりその成果は、その先に多くの課題がありながらも、将来竹富島がエネルギーフリーの環境先進アイランドになる夢を提供すると期待しています。 |
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