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歌手 加藤登紀子 × 星野リゾート 星野佳路

自然と人に出会って生きる

歌手デビューから50周年を迎えた加藤登紀子さん。
国内外を広くを旅してきた加藤さんには、
それぞれの土地、人、自然に強い想いを持たれています。
観光とは違う、旅の魅力とは加藤さんにとって何かをお聞きしました。

加藤登紀子

1965年東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。国内外での歌手活動のほか、女優として『居酒屋兆治』(1983年)などに出演、宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮した。東日本大震災後には被災地を度々訪れ復興支援活動も行っている。「鴨川自然王国」理事。WWFジャパン評議員。 今年2015年が歌手生活50周年となる。 http://www.tokiko.com

Vol.1 情緒ではなく、環境保全を
経済として成立させたい。

加藤

初めまして、ではないですよね。

星野

10年以上前になりますが、環境省主催のエコ・ツーリズム推進協議会で一度お会いしています。その時の加藤さんの主張が僕にはすごく印象的だったんですよ。すごく強い主張をなさっていて、僕も加藤さんのことを応援しました。

加藤

あそこで喋ったことは今でも覚えてます。
あの会議は残念な結果に終わりましたね。エコ・ツーリズムへの取り組みについて、民間も交えて議論しつつ、最後に「エコ・ツーリズム宣言を作る」という名目だったんだけど、結局宣言の内容は会議の前に決まっていて、私たちの議論は政府の案を通すための口実にされてしまったにすぎなかった。
当日の資料には「うっとりと空を見ると星空」みたいな文言があったけど、そんな温泉旅館のキャッチコピーみたいなものを書いてる場合じゃない(笑)。環境保全に協力する意識を旅行者に持ってもらうことを前面に押し出さなきゃいけないのに。

星野

「エコ・ツーリズム」とはもともと、観光地で得られる収益の一部を観光地の自然環境保全に回すことを目的として作られた言葉なんです。お客さんがたくさん来てくれれば、観光資源をきれいなまま保つことができる。すると、お客さんはもっと増えるし、保全費も多くなって、観光地はもっと魅力的になる。「エコ・ツーリズム」は、そのような経済の循環を生み出す仕組みで成り立っていることを、もっと明確にした方がよかったんです。
でも結局、環境省の宣言は、抽象的、情緒的な内容になってしまっていました。

加藤

もっと言えば、環境省、つまり政府がやるべきことは、旅行先でごみをポイ捨てすることなどに対する”規制”を作るべきなんです。自然に親しもうと思って観光に来た人が、結局自然を破壊して帰るのが問題なのであって、ただ自然に触れることを呼びかけても、ゴミが増えるだけですから。

星野

その通りです。「エコ・ツーリズム」は、ただ単に自然観光の表面だけを見て、きれいだねと言って終わる旅ではないですよね。
ガイドの人を育成して、どのような仕組みでこの自然環境が成り立っているのか、旅行者にちゃんと説明する必要がある。もちろん、ガイドの育成費や環境の研究費も、エコ・ツーリズムの収益から出る仕組みも必要です。

加藤

オーストラリアやアメリカ、ヨーロッパのような国で、環境保全活動をしている人達は、お金を使って環境保全活動をしていることを堂々とアピールしている。それは時として偉そうに見えるんだけど、結局そういったスタンスが旅行者に受けてるんですよ。日本では、お金を使って行うエコ活動が何となく悪いことだと思われているふしがあって、規模が大きくならないんですよね。もっと堂々とやればいいのに。

星野

環境保全にお金が回っている分、贅沢な旅行ができないんじゃないかという疑いを日本人は持ってしまうのかもしれません。そんなことはないということも、あのエコ・ツーリズム宣言に記されるべきでした。

加藤

実は、私も前から星野さんとはお会いしたいと思っていたんです。どんな人か自分の目で確かめてみたかった(笑)。リゾート運営の天才の実像をね!エコ・ツーリズムについて、同じ思いを持ってることがわかって、良かったです。

星野

あの会議があったから、僕は今回加藤さんと対談したいと思ったんです。加藤さんのTwitter(@TokikoKato)も拝見していますが、実に色んな場所を旅しておられますよね。そういったご自身の旅の経験を反映していたからこそ、あんな強烈な意見をおっしゃることができたんだろうと感じます。今日は、加藤さんに旅の話を聞いてみようと思いまして。

お知らせ

このコーナーを構成している森綾さんの著書が発売。今回のゲスト加藤登紀子さんも登場しています。 6月6日発売 一流の女が私だけに教えてくれたこと マガジンハウス刊、1200円
2000人以上のインタビュー歴をもつ森綾さんが、選りすぐりの28人の素敵な女性たちから、何を学んだか。そして、彼女たちの「磨かれた生き方」に近づくためにどうしたらいいかを書いたエッセイ。 鈴木保奈美さん、黒木瞳さん、安田成美さん、加藤登紀子さん、山本容子さん、山田詠美さんといった素敵な女性たちの知られざる素顔ものぞけるエピソードが満載。

Vol.2 現地で人に会い、そこから始まる旅。
そっけない態度の奥にある真のやさしさ。

星野

海外だけじゃなく、国内旅行も楽しいですよね。加藤さんにとって、国内旅行の楽しみというのは何なんでしょうか。

加藤

やっぱり各地の友達に会いに行けることが大きいでしょうね。宮崎の閑村には、友達の家族が住んでるんです。私の息子ともいえる子たちで。あとは石垣島にも親しい人が多くて、よく行きますね。

星野

日本中に友達がいらっしゃるんでしょうね。

加藤

やっぱり、人と交流したいときは、現地まで行って実際に会いたいのよね。西表島には、石垣金星さんという唄者がいて、その人にも会いましたよ。

星野

石垣金星さん、有名ですよね。

加藤

金星さんの奥さんもすばらしい方なのよ。布の作家の、石垣昭子さんという方なんですが、彼女と三宅一生さんの対談を読む機会があったの。そこで、昭子さんが「私達の作ってるものはプロダクツでは作れない、たったひとつの作品だ。」とおっしゃっていたんです。一方、一生さんは、自分たちは大量生産品をつくっているけれど、昭子さんのような考えを持っている人とは、常に対話する必要があるとおっしゃっていて。それを読んで、もうこれは昭子さんにも会わなきゃ行けないなと思って、連絡して。

星野

なるほど。

加藤

で、現地に行ったんだけど、まず石垣島の船着き場で仲間達が迎えてくれて。それで、今から西表で金星さんの歌を聴きに行くと言ったら、みんなついてきちゃって(笑)。結局、7~8人で金星さんのところへ行くことになったんです。で、家について、昭子さんに布を見せてもらったりしてたんだけど、金星さんはいなかったの。どこにいるか聞いたら、山にいるって言うのね(笑)。日が暮れたら帰ってくるんじゃないって。私、行く時間はちゃんと伝えてたんだけど(笑)、しょうがないからガジュマルの木の下で、ずっと待ってたの。元々、日帰りのつもりだったんだけど、みんなで民宿も予約して。そしたら、夕方、金星さんが山から帰ってきた金星さんが、「あ、来てたの」って驚いてて(笑)。

星野

加藤さんが来ることも知らなかったんですか?

加藤

いや、だからちゃんと言ってたのよ(笑)。それで、金星さんのためにわざわざ宿を取ったことを伝えたら、風呂入って飯食ってからもう一回来てくれって言われて(笑)。

星野

なるほど(笑)。

加藤

風呂入ってご飯食べてもう一回行ったら、部屋も片付いてて、すぐ歌を聞かせてくれるもんだと思ってたら、まず酒盛りから始まったの。金星さんが「あんなもんはこの机に酒瓶が10本くらい並んでからやるもんだ」って言ってさ(笑)。

星野

すごいですね…、ゆるいなあ(笑)。

加藤

あれは良い夜だったなあ。明け方まで金星さんも歌ってくれて、酩酊して。みんなで海に行って、西表の空が白んでいくのを見たりして。

星野

それは、面白い旅ですね。行った先で予定が決まっていく旅のことを、専門用語で、「着地型観光」と言います。

加藤

確かに着地型よね(笑)。

星野

日本の観光は行く前に予定が決まってて、つまんない場合が多い。出会い頭に旅の内容が決まっていく方が面白いですよね。

加藤

それは当然ですよね。

星野

相手が時間通りの場所にいなくても、腹も立たないですし。

加藤

そういうゆるさは、沖縄の人が持ってる絶対的な価値よね。最初に行った時は、もう30年以上前かな。最初は針のむしろのような空気で、結構ドキドキしてたんだけど、一回仲良くなると、もう親戚みたいに良くしてくれる。

星野

僕も竹富島で同じ経験をしてます。

加藤

じっくり、何年も時間をかけて友達になれば、こちらの全てを受け入れてくれる。逆に、効率を考えて付きあってるとダメね。少ない時間の中でも、得な話を聞いて帰ろうって魂胆が見えると、沖縄の人は絶対しゃべらない。あんた、まだ肩に東京が乗ってるよ、なんて言われて、誰も相手にしてくれないのよ。

星野

ははは(笑)

加藤

色んな国の色んな場所に行ったけど、戦争の被害が大きかったり不幸が降りかかった土地で、悲しい経験を共有してきた人たちは、厳しいソウルを持っていて、余所者に対してもそっけない厳しい態度を取るんですね。でも、その厳しさの裏には人に対する根本的な優しさがある。生きていくことがどれだけ大変か、骨身に沁みてわかっているからこそ、一旦仲良くなったら放っておけないの。だからこそ、わずらわしさもあるんだけど、それも厳しさであり、優しさよね。

世界遺産と
「エコ・ツーリズム」が結びつかない。
登録後、観光客が減っている知床。

星野

沖縄以外に、加藤さんが面白いと思われる日本の地域はありますか? 実は、沖縄に負けないくらい独特な文化を持っている地域というか。

加藤

やっぱりアイヌの人たちがいますよね。私は「知床旅情」を歌ったから、彼らとは否応無しに縁ができました。色んなところを回りました。アイヌの人って、みんな遠い親戚みたいな感じなのね。
あの辺には集落がいくつかあって、距離はちょっと離れてるんだけど、あちこち回った先の人たちがみんな知り合いだったりする。強烈だったのは、旭川のウタリ村かな。アイヌの人たちの歌を聞かせてもらうためにいったんだけど、80~90歳くらいのおばあちゃんが歌ってくれたんだけど、あれはすごかったですね。興が乗ってきたら、声を出すために入れ歯をがばっと外しちゃうのよ。そのうち、周りの人たちも歌い始めて、自然と合唱になって。腰を悪くして立てなかったおばちゃんまで立ち上がって、声を上げながら踊りだしちゃって。

星野

催眠術にかかったみたいですね。知床も世界遺産になりましたが、実はそれ以降、むしろ観光客が減っているんですよ。ぜひ、エコ・ツーリズムを浸透させたい場所のひとつなんですが。

加藤

その話題でいうと、おそろしい話があってね。世界遺産に登録された後、ウトロの港の一部が埋め立てられたんですよ。世界遺産に指定された地域は開発できないから、その手前に、世界遺産センターみたいな名前の、でっかい土産物屋を作っちゃったの。で、その建物を作ったのがなんと環境省。現地で親しくしている人に聞いたら、「埋め立てで、海がコロッと変わってしまった」って。

星野

観光地の環境を保全しながら、その土地の魅力をアピールしていくという、本来の意味でのエコ・ツーリズムがうまくいっていませんね。
僕が星野リゾートの社長に就任した頃から始めた「ピッキオ」というエコ・ツーリズムの団体(http://picchio.co.jp)がありますが、ピッキオ自体の観光収益から、自然を紹介するガイド(インタープリター)の育成費を出せるお金のサイクルを作ることができた、僕の理想のエコ・ツーリズム団体ですね。発足当時は僕もガイドをしてました。
ピッキオでは、別荘地に現れるクマを駆除せずに追い払ったり、餌付けをしないような仕組みも作り出しました。軽井沢に別荘を建てる人の中には、森の奥深くに別荘を建てたのに、クマが出ることに驚く人が多いんですが(笑)。そういう苦情に市役所が対応して、猟友会の方が出てきてクマを殺してしまい、結果としてクマの数が減ってしまった。かなりまずい事態だったんです。そこで、まず軽井沢に住んでいる24頭(当時)のクマに発信機をつけました。

加藤

居場所がわかるようにしたんですね。

星野

そうです。そして、クマが出た時は「ベアドッグ」というクマ対策犬が追い払ったり、捕獲して離す時に人と人里の怖さを教える、などという仕組みを作りました。さらに、クマを追い払うという意味で一番効果があったのは、実は軽井沢のゴミ箱を変えたことなんです。

加藤

ああ、それは大事ですよね。知床もそう。旅行者が捨てていった生ゴミをヒグマが食べてしまうんですよ。一度人間の食べ残しを食べてしまったクマは、もう野生の餌だけを食べる生活には戻れないみたい。

Vol.3 風に吹かれる。旅が教えてくれるのは、
人が生きるということの根源的な姿。

星野

話は変わりますが、いま、日本の若者が旅をしなくなっているんです。10年前は、62%の若者が年に一回旅行をしていたのですが、今は50%ほどになってしまっている。僕は、若い人たちに日本国内を旅行してもらえないか、いつも考えていて。大きなテーマなんです。原因の一つとしては、日本国内の交通費が高くなってるのも理由としてはあげられると思います。今はもう、遠距離の移動はほぼ新幹線しかないですし。昔は時間さえかければ、安く遠出ができましたが。

加藤

「知床旅情」がヒットしたのも、カニ族といわれる、若者のバックパッカー達がたくさん出てきたことが大きいですからね。今は、そんな現象は起こりにくいのかもしれない。今は、バーチャル空間で遠くまで行けたりするからね。

星野

そうそう。さきほど、加藤さんは友達に会いに旅をするとおっしゃいましたけど、今はFacebookなどSNSでいくらでもやりとりができますからね。わざわざ会わなくてもいいと思う若者が増えているのかもしれない。

加藤

でも、面白いのはね、いま、自転車で世界を回ってる人のネットワークというものができているらしいの。それこそ、FacebookなどのSNSによってね。

星野

なるほど。

加藤

旅する若者にとって、不思議な、面白い世界が広がっていると思うんですけどね。今は。私の身の回りにいる若者、面白い人生を送ってる人、あるいは、自分の生き方を自分で選び取っている人は、大体無銭旅行を経験してますよ。自転車で日本や世界を回ったり。

星野

なぜそういう若者はみんな旅をしているんでしょう。旅は彼らに何を与えているんだと思いますか?

加藤

旅がきっかけになって、人が生きるということがどういうことか、その根源的な姿を考えるようになるんじゃないでしょうか。たとえば、インドと日本では全然生活環境が違うじゃない。

星野

自分とは違った価値観や生き方に触れることがやはり重要なんでしょうか。

加藤

でしょうね。特に先進国って上げ底の世界でしょう。一定の生活水準は保たれていますよね。蛇口をひねれば水は出るし。

星野

それが当たり前になっていますからね。

加藤

でも、その環境は都市住民にしか与えられていないものだし、だからこそ、都市住民の限界がそこにあると思います。可能性じゃなくて。恵まれていることが当たり前になっている状況は怖いよね。その点、恵まれない環境で生活している人のほうが強いと思う。水道が止まっても、汲みにいけばいいだけだから。

星野

たくましさが違いますよね。

加藤

やっぱり動物園で飼いならされてばっかりいると、エサをくれる人がいなくなったときにすぐ死んじゃうし。そうならないためには、人間がどういう風に食料や水を獲得しているのか、そのプロセスを少しでも肌で感じないといけないんじゃないかな。
あとはね、単純に「風に吹かれる」ことって生物に必要だと思うんだ。エアコンの風じゃだめなのよね。風向きや風量がころころ変わる自然の風に吹かれることが大事。今ね、自然欠乏症って病気が生まれてるんだって。自然にあまり触れない生活をしてきた子供たちは脳の発達がイビツになって、精神的、身体的な問題を抱えやすいらしい。

星野

風に吹かれて、雨に打たれることは人間に本当に必要なのことかもしれませんね。

構成: 森 綾 撮影: 萩庭桂太

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