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アートディレクター 北川フラム × 星野リゾート 星野佳路

最果ての地の芸術祭に大勢の人が集まるワケ

北川フラム

日本を代表するアートディレクター。「フラム」は本名でありノルウェー語で「前進」の意。1946年生まれ、新潟県高田市(現上越市)出身。東京芸術大学美術学部卒後、国内外で多数の美術展、企画展、芸術祭をプロデュースしている。
北川氏の活動のひとつにアートをきっかけにした地域づくりの実践「芸術祭」があり、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」「北アルプス国際芸術祭」「奥能登国際芸術祭」などの総合ディレクターを務めている。芸術選奨、紫綬褒章受章など国内外で多数の章を受ける。 アートフロントギャラリー 公式サイト

Vol.1 準備に3年。2週に一度は現地入り。
芸術祭はその集大成の「祭り」

星野

昨夏の「瀬戸内国際芸術祭2016」http://setouchi-artfest.jp/ は、総動員数104万人を超えたそうですね。

北川

はい、ありがとうございます。日本人だけでなく外国からの来場者もかなり増えました。

星野

今年は初夏に長野県大町市で「北アルプス国際芸術祭 2017」http://shinano-omachi.jp/ を。そして、9月からは石川県珠洲市で「奥能登国際芸術祭 2017」http://oku-noto.jp/ が開催されますね。

北川

現在、大地の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭を3年に一回のサイクルで開催しています。でも、準備は全て同時進行ですから、もう精一杯ですね。

星野

準備は定期的にやっておられるのですか?

北川

このようなスタイルの芸術祭は、越後妻有地域(新潟県十日町市津南町)の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」http://www.echigo-tsumari.jp/ が最初でした。
芸術祭は3年に1回の開催だとしても、現地での日常的な活動は休みなしです。数十人が常に動いています。そうでなければできない。越後妻有も30~40人が動いていましたね。僕も2週に1回以上は現地に行っています。芸術祭は、その成果を見せるお祭りのような位置付けです。

対談は2017年9月3日から始まる「奥能登国際芸術祭」の東京でのプレイベント当日に。イベントには多くのメディア、人が集まった

対談は2017年9月3日から始まる「奥能登国際芸術祭」の東京でのプレイベント当日に。イベントには多くのメディア、人が集まった

星野

大きな現地組織が必要なんですね。大きな企業がスポンサードするということもあるのでしょう。

北川

そういう例もありますが、越後妻有の場合はゼロからのスタートです。

星野

それで常に動く部隊を抱えていくというのは、大変なことですね。

北川

はい。ひとつの芸術祭単体の予算は約6億円です。公的資金が約1億。あと5億は、入場料収入、寄付、協賛、助成。主に僕が先頭に立ってその5億を集めなきゃいけない。人口5万以下の都市だとそうなりますね。でもそういうスタイルで始めてしまったので、今はその枠をなかなか変えられません。

星野

街や地域にとってはやるだけの効果はあるわけですよね。

北川

それはすごいですよ。

星野

そのリターンが目に見える形になってきているのですね。

北川

なってきていますね。省庁も越後妻有のプロジェクトに好意を持っています。うまくいく結果が見えてきているから。省庁内に応援団が増えてきています。

星野

来場者の世代的な分布はどうなっていますか。

北川さんが係わる芸術祭が地域にもたらすものは、祭りの後も「自力で地域づくり」ができるようになる力。そのために現地での準備やサポートを怠らない

北川さんが係わる芸術祭が地域にもたらすものは、祭りの後も「自力で地域づくり」ができるようになる力。そのために現地での準備やサポートを怠らない

北川

どの地域でもデータは今同じになってきていますが、20~30代女性が3分の2強。そして外国からの来場者数が増えています。全体のリピーター率は約4割。これはすごく多いですね。外国人はアンケートを書いてくれないのでなかなか実態が把握できません。把握できるのは、観光協会に入っている宿泊施設に泊まっている人たちだけですので、シェアハウスや民泊利用の人たちは分かりません。瀬戸内国際芸術祭の直島だけはよくわかっていて、島単体で外国人が会期中に15~20万人は来ているそうです。

星野

見た感じだとどうですか?

北川

瀬戸内は明らかに半分以上が外国からの人ですね。

星野

20~30 代女性というのは、旅館と同じ市場ですね。国内旅行もそうです。沖縄県の竹富島に「星のや竹富島」がありますが、そこに一人旅にくる女性もその年代ですね。

便利な都市で五感を塞がれ
我々はロボット化している

星野

これだけの大勢の人が来る。北川さんのやっておられる芸術祭は、美術館とはまず何が違うのですか?

北川

そこをうまく話せないので、みんなに文句を言われているところなのです(笑)。
まず単純に芸術というのは人間の「やむにやまれない」感情を何かを作ったり表現することで吐き出すことですよね。その「やむにやまれない」というのはいろんな意味があります。不安や絶望、あるいは歓喜。古代のアルタミラやラスコー洞窟画の頃は、人が命がけで動物を獲る、そのときに湧き上がる感情でしょうね。今は「やむにやまれない」という感情が表に出にくいんです。

つまり現代は、全体に人間の五感が摩滅している、ロボット化しているのです。いろいろ便利になっているし、情報はたくさんあるし、我々はそこから選択できていると思っている。
ところが実際は、その情報のなかで、我々がロボット化しているということをたくさんの人が無意識に感じているのでしょう。
越後妻有や瀬戸内の芸術祭では現代美術を見せていますが、来場者は同時にそれぞれ里山や海を見にくることになるのです。それが魅力なんだと思います。
どういうことかというと、根本的に、みんな「都市が嫌いだ」ということですよ、無意識に。

芸術祭には経営者や有名人がたくさんボランティアとしてやってきます。みんな「こういうことを手伝っていると楽しい」と言います。「身体を使う」「協働する」を欲してる感がある

芸術祭には経営者や有名人がたくさんボランティアとしてやってきます。みんな「こういうことを手伝っていると楽しい」と言います。「身体を使う」「協働する」を欲してる感がある

各芸術祭では、ボランティアサポーターが結成され、通年で活動。作品のメンテナンスや地元行事の手伝い、広報活動などさまざまな活動をする。瀬戸内国際芸術祭ボランティアサポーター「こえび隊」オフィシャルサイトより

各芸術祭では、ボランティアサポーターが結成され、通年で活動。作品のメンテナンスや地元行事の手伝い、広報活動などさまざまな活動をする。瀬戸内国際芸術祭ボランティアサポーター「こえび隊」オフィシャルサイトよりhttp://www.koebi.jp/

星野

それは面白い発想ですね。現代人は無意識に「都市が嫌い」だと。

北川

はい。都市を謳歌してはいるのですよ。いろんな食べ物があるとかファッションがあるとか。だけど基本的に自分とは何か、本当の意味で五感全開で生きていないと感じているんでしょう。
それは無意識だとは思いますが。その人たちがとにかく自分が関われる地域をまた求めているんですね。だからアンケートを見ると、今までの旅行とちょっと違うのは「なんか関わりたい」「地元の人と触れ合いたい」という潜在欲求がうかがいしれます。

星野

それはどの地域でも同じですか。

北川

はい、越後妻有も瀬戸内もおおまかに同じです。来ようと思った理由は里山、海にあるアートを「見るため」。帰るときのアンケートは、その二つを残しつつ、上位に出てくるのが「地元の人と話せた」。あとは「地元の料理を食べられた」「お祭りに参加できた」。
それを哲学者、東浩紀氏の話題の近著『ゲンロン0 観光客の哲学』的に言うと「今のネット社会は階層を出られていなくて、ますます固定されている。けれども、旅をしたときに初めて階層を越えられる。その喜びがあるのではないか」と言うのです。もともと現代美術のファンというのは1万人ぐらいしかいないはずなのです。現代美術をきっかけに階層社会である都市を離れ、旅人になりたいんじゃないでしょうか。

星野

つまり現代美術のファンだけではない人がたくさん来ているということですね。

北川

そうです。それは日常的な感覚の延長線上で訪れていますね。なんとなく面白いとかオシャレだと思って来てるようですが、彼らの意識の底流が求めるものは違う気がします。

Vol.2 期間限定の芸術祭を
「地域づくり」にする要素とは?

星野

「都市が嫌い」って面白いなあ。

北川

決定的にそうですよ。

星野

でも気づいていないわけですね。

北川

そうです。その潜在的欲求が根底にあると。

星野

だからといって、地方へ引っ越せと言われたら引っ越さないのでしょうけれど。嫌いだというよりも、都会では満たされないということなのかな?

北川

いや、「都市には本当の意味では何もない。情報と多少の便利さがあるだけ」ということです。たとえば自分にとって困難なことがあれば体を動かしますよね。そういうふうに人間として自分の力を発揮する場所がない。

星野

誰かに頼むことはできても、ですね。

北川

そう。だからそれが面白くないんだと思うんですけどね。その欲求が底流がある限り、いろんなところでやれると思う。これから、仕事の仕方は変わるかもしれませんが、少なくとも瀬戸内だと、小豆島は人口約3万ですが、芸術祭をやってから人口が400人増えました。移住者です。それと、男木島は学校が再開された。これは日本で初めてです。外へ出た人たちが子どもが帰りたいと言って戻った。そういう動きはあって、仕事次第ではやれるんですね。

星野

多くの人が来る根底の理由が「都市が嫌い」というのが本当だとすると。他の地方の市町村も越後妻有や瀬戸内のような芸術祭をやりたがるでしょう。マラソンのブームがそうでした。そういうふうに、芸術以外に同じパターンが作れることはあるでしょうか?

北川

どの芸術祭も意識してますが、特に「瀬戸内国際芸術祭」は、芸術以外のことを相当入れています。その総合性がダントツに支持されているのだと思います。

星野

たとえば瀬戸内では何に力を入れられましたか。

北川

まだ完璧ではないですが、とにかく大事なのは「食」ですね。せっかく島まで来てるのに「コンビニで買ってください」では来場者も困るでしょう。僕が言うのは、食事が悪かったらリピーターは来ないよ、と、それはうるさく言っていますね。1年間「食のフラム塾」というのをやりました。そういえば星野リゾートの人も来ていましたよ。私は料理はできないけど、食の大切さは言えますからね。現地の旬のものの勉強とか。映画「バベットの晩餐会」を上映して、こうして食を通じてみんなニコニコするでしょう、と。そこが芸術祭でも大事なんだと。

星野

「北アルプス国際芸術祭」も「信濃大町 食とアートの回廊」というサブタイトルがついてますね。

芸術祭を総合的なイベントにするための食事や体験、宿泊にも力入れる。「奥能登国際芸術祭」では、「おくノート」プロジェクトとして、100の魅力を発掘し、発信をしている。

芸術祭を総合的なイベントにするための食事や体験、宿泊にも力入れる。「奥能登国際芸術祭」では、「おくノート」プロジェクトとして、100の魅力を発掘し、発信をしている。 http://oku-noto.jp/oku-note/about/

北川

総合的に楽しめるイベントとしてやっていかないと成功は難しいと思います。芸術展示だけでこっちがいい、あっちがいいというのは何の意味もない。それから、どこが当たるかは恣意的なんだけど、確率的に全国1800市町村あるとして、そのうち成功するのは5%とか、もう決まっているのです。絶対量としてそこに残るか残らないかという話だと思います。

星野

成功する可能性は低いということですね。

北川

ビジネスとしてはね。ただそれが地域にとっては必ず役に立ちますから、反対する理由は全くないと思っています。成功するかどうかでいうと、また別問題。一定のお金をかけなければいいものができるわけがない。中途半端な予算でやっているところは全滅するでしょう。この10年でいうと、あるとき、地域おこしの補助金がたくさん出た。これを使った芸術祭が僕がやっている以外にもたくさんあるのですが、今後は国が補助しなくなるでしょう。そのときに自立して成立するものは限られてくる。

アートを置くだけでは、意味がない。芸術祭の総合的な展開には地元の人たちとともに、食、体験、遊びなど様々なものを本気で提供することが大切

アートを置くだけでは、意味がない。芸術祭の総合的な展開には地元の人たちとともに、食、体験、遊びなど様々なものを本気で提供することが大切

星野

今、芸術祭と呼ばれているものはどれくらいあるのですか。

北川

実際、いくつあるかは分かりませんが数百はあるそうです。ある程度の規模があるのは150 くらいだそうですよ。

星野

みんなアイデアが画一的になっていて、北川さんがやったような成功事例を見ると急に中途半端に真似し始めるから、同じようなものがたくさんあるかもしれませんね。それは観光地の特徴とも似ていますね。芸術祭という名前以外にも「都市が嫌い」という欲求なら、他の方向もあり得る気がします。

北川

ええ、なんでもあると思います。みんな真似したがるだけで。芸術である必要はまったくない。ただ公的資金を得るために「芸術祭」と言いたがる人が多いだけです。

Vol.3 私1人で子どものような目で
選ぶから、豊かになる

星野

実際、アーティストはどういうふうに集められているんですか。

北川

僕は全部一人で決めます。

星野

そうなんですね。そこがキモですか。

北川

はいそうです。
公募もしておりますが、時によって見え方が違うので、何度か見返して選んでいきます。

星野

有名な人も公募してくるのですか。

北川

相当有名な人もきますよ。でも有名無名に関係なく見ています。
いろんな人たちが「北川フラムだけで決めるのは困る」とは言うと思う。でも委員会を組んでも、結局、毎回同じような人選になってしまう。僕が独断で決めていくほうが多様になる。今の民主主義的なシステムでは「僕一人で決める」はタブーです。でも、そこは譲れないと言っています。

星野

独断で決めると。

全ての芸術祭のアーティストを一人で選ぶ北川さん。対談日にも開催中の「北アルプス芸術祭」の作品から、面白いものを選んで見せてもらう

全ての芸術祭のアーティストを一人で選ぶ北川さん。対談日にも開催中の「北アルプス芸術祭」の作品から、面白いものを選んで見せてもらう

北川

そのほうが豊かになります。その理由のひとつは、いいアーティストほどプレゼンテーションが下手なんです。だから、委員会任せにするとプレゼン上手な建築家とデザイナーだらけになっちゃう。建築家はプレゼンよりいい仕事を見たことがないです(笑)。アートはプレゼンより面白くなるものが多いです。僕は建築に関しては、相当厳しくフィルターをかけます。

星野

建築家が出してくる作品、ということですか。

北川

はい。建物っぽい作品ですね。

星野

直接、応募者のプレゼンも受けるということですね。

北川

気になる人には会いますね。

星野

やっぱりアートを見る目、なんですかね。目利きなところも大事なんだな。

北川

それは率直に、子どもの見る目の面白さと同じです。それぞれの専門のところで、みんなそうなんじゃないかな。いろいろとねじれていくけど、最終的に面白いと思う目は子どもの目と同じなんじゃないかな。へんなこだわりでブレるだけで。

星野

選ぶときに「この芸術祭だからこれ」という地域の目線はありますか。

北川

多少ありますが、僕が人選する時点ではあまり関係ないですね。面白いものは面白い。

星野

面白いものはここにあってもそこにあってもいい、と?

北川

出品の際には、作家はそこに合わせることをオーダーしていますが、最後に選ぶ段階では、あまり関係ないですね。

星野

アートと地域の関連性よりも、まず独自の面白さなんですね。同じ作家さんが応募してくるというのはあるのですか。

北川

ありますね。

星野

前に選んでしまった人は選ばないのですか。

北川

それもあまり関係なくて、面白いのは残します。ただタイプによって、いろいろやってると面白くなっていく人もいる。でもやり続けても全然面白くならない人もいっぱいいます。

星野

採用したけど?

北川

採用しません。だいたい、有名な建築家は面白くないですね。

星野

なるほどね。すごく参考になります(笑)。何かを建てるときより、アートのほうが面白さだけで進められるというのはあるかもしれませんね。

北川

そうですね。それが僕が美術を選んでいるということかもしれません。かなり建築家的な勉強をしてきた人間ですが、美術のほうが面白いですね。「極めて生理的」だから。そこに面白さがあります。

星野

地域、アーティストが誰かも関係なく、自分が感じる面白さで選んでいて、成功につながっているのですね。やっぱり目利きがちゃんとプロデュースしないと、ということなんでしょう。

北川

それはそうだと思いますね。

星野

うちは建物は半分でしかないからな。そこで何をやるかだから。

北川

僕は大町温泉郷の「星野リゾート 界アルプス」で「お湯のなかで読める本」というのを知って、買いましてね、『竹くらべ』とか。でも自分の家の風呂では読まないものですね。みんなに面白いぞ、少しは風呂のなかでも勉強しろ、と配ったんだけど、ダメだな。気分的に温泉で読むから面白い。

星野

あははは。やはり場所は重要ですね。温泉の開放感は「生理的に重要」なんでしょう。

「絶望的な場所」でだけ
芸術祭をやりたい理由

星野

北川さんに地方での芸術祭をやってほしいという話はたくさん来ているのでしょうね。

北川

たくさん来ています。越後妻有、瀬戸内、北アルプス、奥能登で、いっぱいいっぱいで無理なので、お断りしているのです。

星野

おうけになる基準はなんですか。義理ですか。

北川

それもありますが、まず「絶望的な場所」ですね。奥能登珠洲市の人口は現在1万4000人ですから。瀬戸内の島も大変ですしね。

星野

「絶望的な場所」、
それはわかりやすい基準ですね。

北川

しかし、大町市は反対運動で大変でした。

星野

大成功すれば誰も反対する人はいないんじゃないですか。

北川

表向きは変わりました。長野は大変でしたよ。

星野

すみません。生まれも育ちも長野県なものですから。反対する理由はあまりないような気がしますが。工場ができるとか、オフィスビルができるとかいうことに対しては反対する理由があるかもしれませんが、期間のあるイベントですから、反対する理由がよくわからないですね。

北川

僕もちょっと驚きましたよ。特に今回の大町に関しては。

星野

その反対の理由をちゃんと伺いたいですね。僕は反対運動に対しては興味がありまして。竹富島に「星のや竹富島」を作るというと半永久的だから、反対する人の気持ちも分かるのですが。

北川

僕も多少わかりますけれど。表向きは手続き論で、公共事業として税金を使うということに対して反対なわけです。その効果のほどはない、と。少なくとも、効果のほどはわかってきているので、不思議なんですが。ある一部の議員を中心に、強力でした。

星野

大町市でやりたいという強い意志をもったのは、北川さんのほうなのですか。

反対運動があった「北アルプス国際芸術祭」だが、大自然を舞台にし、5つのエリア展開をする芸術祭イベントになった。地元レストランや宿泊プランなど連動企画も充実した

反対運動があった「北アルプス国際芸術祭」だが、大自然を舞台にし、5つのエリア展開をする芸術祭イベントになった。地元レストランや宿泊プランなど連動企画も充実した

北川

いや、5年位前から市民グループから希望が持ち上がった。そういう人たちが勉強会をやっていて、そこへ1年に1回くらい行って、お手伝いしていたのです。そこへ市長もいらしていて、やろう、と。市長にとっては人口2万8000人の市ですから、政治生命のかかった仕事にはなります。頑張ってやろうというふうになったのです。
反対者がいるというのは大変なことです。1日に数回、机をけとばしたくなることが起こる。でも重要なことは、今までに失敗した“いわゆる町おこし企画”というのは最初から賛成者だけでやってきたことだと、僕は思っているわけです。
美談だけでは物事は成立しない。だから行政とやるようにしているのです。行政とやる限り、公金を使うからあらゆる反対者がでてくる。手間暇はたいへんかかりますが、乗り越えて作り上げれば、地域の力は一歩進む。だから「反対があること」は、そこでやるための条件のひとつだと思ってやっています。

星野

反対者がいると、地元のメディアもその対立を書いたりする。それを通して賛成でも反対でもない人が関われる。そういうことなんじゃないですか。

北川

そう、土俵が広がるんです。生理的には気分が悪いけど、土俵が広がることはもっと大事なんです。人が関わったものをやっているわけで、たくさんの人が関わったほうがいい。面白いっちゃ面白い。

星野

反対している人がいても、やってみたら面白いという自信もあるのでしょうね。

北川

面白いですから。
芸術祭をやることは赤ん坊を育てるのと同じだと思いました。手間かかるしお金がかかるし、赤ん坊を産んだおかあさんは一人だともう育児放棄しちゃいそうになる。
すると、近所のおばさんやおじさんが「まあ、疲れているんだから、手伝ってあげるよ」と集まってきます。そういうことが、アートの周りでは起きていくんです。
「何が面白いのかわかんない」と言いながら、今は来場者を案内したりしてくれているんだもの。

星野

人がたくさん来てくれるだけでも地方の人はうれしいのですよね。

北川

今まで人なんてもう誰もこないだろうというところへ、来てくれるんだもの。

星野

なぜ来てくれるのかわからない、というのも本音だと思いますよ。

美術に中心地はない。
その場所にはそれぞれの意味がある

星野

具体的に北川さんの芸術祭ならではの作品を見せてもらっていいですか。

北川

これは面白いですよ。「北アルプス国際芸術祭2017」の作品の一つです。
集落のあちこちに幾何学模様が描かれていて、ここへ来る間に断片が見えていて、ある一点に来ると全体像がぴしっと見える。感動的です。
僕はこのアートで、この集落まで人を連れて行きたかったんですよ。

スイス人アーティスト、フェリーチェ・ヴァリーニの「集落のための楕円」。三次元の複雑な空間を舞台に巨大な絵画を描く。一見バラバラなラインは、ある地点から見ると真円や幾何学図形になる。 わずか三世帯しか住んでいない小さな集落で色鮮やかな図形を出現させる。

Photo:Tsuyoshi Hongo

星野

すごいですね。でも、手間暇はもちろん、お金もかかりますよね。

北川

ヴァリーニの作品は、夜中に強力な光源を使って場所を決めて、昼間に黄色に塗られたシートを貼っていく作業をするのです。会期後はきれいに剥がせるようになっています。最初は民家だし、反対されました。でも長野県の里山の奥の奥で、こんなに美しく生活している人たちがいることを、僕は全国の人に知ってもらいたかったんです。だから説得しました。
完成して、僕がたまたま行ったときに、反対したおじさんたちが来場者にうれしそうに説明してるんです。僕の顔を見て「あっ」という顔をしていましたが(笑)。
反対はしていたけれど、賢い人たちで、いざやると決まったら、軒先にかかっていた雑巾などを見えないところへ片付けてくれました。

星野

何かないと里山の奥までは行きませんよね。そして、タクシーで来たって意味がない。都会人はこういうところをゆっくり歩く機会も持てないから。そうさせるための装置が必要なんですね。来場者たちは、来て見て「そこに住む人に会えた」と思える。

北川

五感を使うということです。それが一番こういうところでやることの重要さ、芸術祭の意味ですね。

星野

外国からの来場者やサポーターも、体感できるというのがよくわかりますね。彼らは日本のアートに触れたいという気持ちもあるのでしょうか?

北川

うーん、違いますね。発想が違って。僕は一応美術の人間だから、日本美術のこの焼き物がいいかとか、俵屋宗達がいいとか思うでしょう。そのことと、西洋美術のルノワールがいいという考えが一緒にはなっていないことが不思議だった。欧米にいないと美術の先端に行けないのか、という話です。それは非常に不思議だな、と思っていました。
日本の美術教育もそうです。ミロのビーナス像をデッサンして絵を描かせる。そこで描き方を学んでいく。でも本当に石膏を見て絵が描けるのでしょうか?
すべての場所は貴重である。すべての場所に意味がある。欧米でなければ意味がない、東京でなければ意味がないというのはおかしい。それぞれの場所に生きて来た人の意味がある。そういうことをちゃんと表現する美術というものがあるはずだと。でなければ我々は永遠に里山で何かできないという話になっちゃう。それは嫌だなとずっと思っていました。
それで僕は芸術祭を始めました。今度はそれが中国でもアジアのどこかでも、やれるとみんなが思い始めている。それはいいことだなと思います。

星野

美術に中心地はないと。

北川

必然だけど、違う必然もあるだろうという、それが出発点でした。

星野

北川さんがキュレーションする視点は独自で一貫していますね。

北川

生花も焼き物も現代美術も、この野の花をLEDで光らせる作品も、同じだと思う。

欧米のスーパースターもそれをわかってくれる。美術館の中だけがアートじゃない。 でも参加アーティストがやったことが伝わるように見せなくてはと思います。

信濃大町在住の青島左門氏の作品「花咲く星に」。
「まちには人工的でない本来の夜の暗さがあり、晴れた日には星がとてもきれいに見える」と語る。この作品は、中山高原の夜空に配置した生花をLEDで照らし、周囲の地形と気候にともなって光の色を有機的に変容させるもの。
Photo:Tsuyoshi Hongo

信濃大町在住の青島左門氏の作品「花咲く星に」。 「まちには人工的でない本来の夜の暗さがあり、晴れた日には星がとてもきれいに見える」と語る。この作品は、中山高原の夜空に配置した生花をLEDで照らし、周囲の地形と気候にともなって光の色を有機的に変容させるもの。 Photo:Tsuyoshi Hongo

星野

美術館のなかではできないアートですね。自然のなかでないと。私は軽井沢にいますので、近々、この集落アートと野花のアートを見に、大町に行ってみたいと思います。 ありがとうございました。

構成: 森 綾 撮影: 萩庭桂太

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